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『フリーター、家を買う。』有川浩 を読んで[2011-04-17]
『犬はいつも足元にいて』大森兄弟 を読んで[2010-03-07]
『ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」』アポストロス・ドキアディス を読んで[2009-02-21]
『恋するスターダスト』新井千裕 を読んで[2008-09-13]
『十五少年漂流記』ジュール・ヴェルヌ(作), 波多野完治(訳) を読んで[2008-02-02]

2011-04-17

『フリーター、家を買う。』有川浩 を読んで


フリーター、家を買う。フリーター、家を買う。
(幻冬舎)
有川浩


souiunogaii評価 



ドラマの方も、すごく好きで見てたし、
最近、有川浩さんが何だか注目されているみたいなので、とりあえずこれを読んでみました。

やっぱり、ドラマでストーリーが頭に入っていると、読みやすいですね。

原作ならではのエピソードもあったりして、楽しめました。

「フリーター、家を買う。」公式サイト:フジテレビ

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souiunogaii評価 
2010-03-07

『犬はいつも足元にいて』大森兄弟 を読んで


犬はいつも足元にいて犬はいつも足元にいて
(河出書房新社)
大森兄弟


souiunogaii評価 

内容紹介
中学生の僕と犬が、茂みの奥で見つけた、得体の知れない“肉”の正体とは? 日本文学史上初!の兄弟ユニット作家による完全共作。
話題の第46回文藝賞受賞作/第142回芥川賞候補作。

物語全体に漂う絶妙なダークさが良い。

主人公は中学生の僕。
母親と二人暮らし。離婚して家を出ていった父親が残していったのが、犬のぺス。

僕と犬の間の関係が、とっても面白い。
ちょっとウザいなと思っていたクラスメートのサダの足を、犬が噛んでしまい、それが原因でサダとの関係がどんどん不味い感じになっていく……。

あちこちに散りばめられた、"一体コレは何なの?"っていう不思議な人や物が、結局答えが明かされないまま放置されている感じが、逆にいろんな想像をしたくなってしまって、これも面白いなと思った。

本作について、ざれこさんは次のように書いている。
今まで読んだこともないような怖い本で、驚きが先に立った。
この不気味さはなんだろう。無機質なようで感情もある、でもそれを
自分の意識化にも出せないような、そんな主人公の描かれ方とか、
うまくいえないけど、本当に独特な雰囲気だった。


なるほど、確かに。

とにかく、今までに読んだことのないジャンルの小説だった。
2009-02-21

『ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」』アポストロス・ドキアディス を読んで


ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」 (ハヤカワ・ノヴェルズ)ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」
(早川書房)
アポストロス・ドキアディス
酒井武志(訳)

souiunogaii評価 

200年間未解決の難問に挑んだ孤独な天才数学者の生涯を描いた感動の物語。
内容紹介
「2より大きいすべての偶数は、二つの素数の和で表すことができる」
これが、200年もの間、証明されたことのない難問「ゴールドバッハの予想」である。

ギリシャの田舎に隠棲するペトロス伯父は、かつて天才的数学者だった。その伯父でさえ証明できなかった難問こそが「ゴールドバッハの予想」であった。
そんな伯父は一族から「嫌われ者」あつかいされているが、甥のわたしだけは彼を敬愛している。
だから、伯父は「ゴールドバッハの予想」と苦闘した過去をわたしにうちあけたのだ。
その闘いは、若き日の伯父が留学したドイツで幕を開けた……。

数学の論理と美が思考を刺激し、学者の狂気の人生が心をうつ。数学の魔性に惹きこまれた男の数奇な人生を紡ぎ出す稀代の物語。

いやいや、面白かった!
先日読んだ『100年の難問はなぜ解けたのか』の中で紹介されていて、これは面白そうだなと思い、手にとってみたのだけれど、
数学者の物語でこんなにも楽しめるとは、想像以上だった。

世紀の難問「ゴールドバッハ予想」に挑む物語の主人公、ペトロス伯父には、同じように難問「ポアンカレ予想」に挑んで敗れた孤独な天才パパキリアコプーロスの姿が思い浮かんだ。
数学の持つ魔力のようなものを感じた。

ペトロス伯父の周りに登場する数学者たちは、実在の人物たちで、そのことが物語にリアリティを与えてくれている。

特に、証明不可能な命題の存在を示した「不完全性定理」を発見したゲーデルに対して、自らの苦悩から発生した怒りをぶつけるペトロスの姿が描かれるシーンには、もう圧倒されてしまう。
「わたしはゴールドバッハ予想の証明に人生をささげてきた」低く、激したような声で言った。
「それなのに、証明できないかもしれないと言うのか?」
すでに血の気が引いていたゲーデルの顔が真っ白になった。
「理論的にはありえることです――」
「理論的にどうかということではない!」

ゴールが見えないどころではない、ゴールが存在しないかもしれない、そんな果てしない道をたった一人で走り続けた天才の苦しみ。
それを想像すると、そんな生き方を選んでしまった彼の偉大さに、涙が出てきた。

【関連記事】
『100年の難問はなぜ解けたのか』春日真人 を読んで
2008-09-13

『恋するスターダスト』新井千裕 を読んで


恋するスターダスト (講談社)新井千裕恋するスターダスト
(講談社)
新井千裕


souiunogaii評価 ハート3つ

魔法の呪文、トカジタカコを唱えれば、世界の本当の姿が見えてくる気がする。
内容紹介
キラキラッと、ときめいて、せつない。
携帯メールが織りなす、流れ星みたいな恋の物語。

携帯電話の画面は君の窓辺だから 僕はその窓明かりを眺めながら 電子のセレナーデを歌おう 心が宇宙なら、言葉は星 どうか僕の流れ星で 君の宇宙が一瞬きらめきますように 今宵も地上では 無数の星々のように 恋人たちの携帯電話が瞬く――

新井千裕さんの作品は、初めて読んだのだけれど、非常に良かった。

もう冒頭の部分を読んだその瞬間から、この素敵な星の物語に、完全に引き込まれてしまった。
彼女からのメールは星の光に似ていた。
あの頃、翔は引きこもりの生活を何年も続けていて、将来への展望は何もなく、心の中は暗黒の宇宙だった。
そんな翔にとって彼女はささやかな希望の光だったのだ。他人とのコミュニケーションを取るのが苦手だった翔にとって、唯一の理解者と言ってよかったし、彼女のおかげで自分はまったく孤独ではないと感じられた。

主人公は、翔という青年。
両親を交通事故で亡くし、祖母と二人暮らしをする彼は、高校生のときに引きこもり生活を始めた。
そんな彼が、祖母の死をきっかけにして、新しい世界に、外の世界に踏み出し、様々な人との交流を通して、少しずつ成長していく、その姿を描いた物語です。

翔の目線から描かれる物語は、純粋で透明感のある瑞々しい文章を重ねて、しかし、底に登場するのは、ちょっと変わったクセのある人物ばかりで、
さらに物語の展開は、ありえないことの連続で、もうたまらなく面白い。

そして、星や星座や宇宙にまつわるお話がたくさん使われているところも、この小説のポイントだと思う。
星好きには、たまらない。

逆上がり教、猿、イチジク、猪、オカマ村長、恵理、穴を掘る老人、…。

やっぱり、読んでもらわないとこの小説の魅力は伝わらない。
とにかく絶対面白いです。
2008-02-02

『十五少年漂流記』ジュール・ヴェルヌ(作), 波多野完治(訳) を読んで


十五少年漂流記 (新潮文庫)ジュール・ヴェルヌ(作), 波多野完治(訳)十五少年漂流記
(新潮文庫)
ジュール・ヴェルヌ(作)
波多野完治(訳)

souiunogaii評価 ハート5つ

内容紹介
しなやかさとしたたかさ、そして仲間。子どもだけの力で、どこまでやれるか。

14歳のゴードンを頭に15人の少年たちだけを乗せたスクーナー船が、ふとしたことから荒海に出てしまった。
大嵐にもまれたすえ、船は、とある岸辺に座礁。島か大陸の一部かもわからないこの土地で、彼らは生きるためにさまざまな工夫を重ね、持ち前の知恵と勇気と好奇心とを使って、スリルに満ちた生活を繰りひろげる……。
“SFの祖”ジュール・ヴェルヌによる冒険小説の完訳決定版。

「十五少年漂流記」というあまりにも有名なタイトルのこの小説、フランス語の原著の題名は「2ヵ年の休暇」だそうだ。

この素晴らしい冒険小説を、今回私は病気で入院中に、病室のベッドの上で読むことになったのだけれど、他にすることも無く退屈していたせいもあって一気に読み通した。
小学生か中学生のときに私は一度この本を読んだことがある気がする。
それでも大人になってから再び飛び込んだその物語の世界は、私をたいへんに楽しませてくれた。

15人の小学生の少年たちが、2年間もの長い期間を、無人島で過ごした。
大人の力を借りることなく自分たちだけで生き延びた。
物語の中ではもちろん、少年たちはそれぞれに知恵と勇気と友情とを精一杯に出し合って、様々なピンチを、困難な問題を、一つひとつクリアしていきながら、この冒険小説を盛り上げてくれる。

この面白さはもう実際に読んで味わうしかない。
私はもうただひたすらに彼らの「生きる力」というか「たくましさ」みたいなものに感心するばかりだった。

と同時に、もしもこのような無人島に漂流みたいな事態が自身の身に起こったとしたら、彼らのように行動できるだろうか、なんて考えたりもした。
もちろん、絶対に無理だろうな。私なんてすぐに飢え死にだ。

だって、野生のウサギや鳥を狩って、殺して、それをさばいて焼いて、食べる、なんてこと出来っこないでしょう。

でもそんな風に考えていると、私たちが例えばマックやケンタッキーで食べる肉だって、スーパーで買うスライスされた肉だって、同じだろう?と。
元をたどっていけば、確かに生きていた牛の命があって、それを殺して、食肉に加工する工場があって、そこで働く人たちがいて、って。
そういう事実を、私はあんまり見ないように(想像しないように)しているなと、そんなことに今さらながらに気づいて、ハッとしたりする。

入院してるときには、平時よりも生とか命とかいうことには多少なりともやはり敏感になって、それでこういうことを考えたりするのかなと思ったりもするが。


また、今回私がヴェルヌの偉大さに感心したのは、この小説がかなり細部まで科学的にそして論理的に描かれているという点だ。
理系頭だからなのか、どうしてもこういうSF小説みたいなものを読んでいると、
「え?ちょっと待って、そこどうなってるの?説明は?」とツッコミを入れてしまいそうになる部分を多く見つけてしまうものなんだけれど、このヴェルヌの作品には、そういうことがほとんど無い。
すごいことだと思う。空想科学の祖、さすが。


私の場合は、今回は「生き物を食べる」ということについて再度じっくり考えてみろ、というメッセージを一番強く感じたんだかれど、その他にも、
子供向けに書かれたこの小説には、そういう人間にとって大切なことを教えようとしているんだなと思える部分がいたるところにあった。

最高の冒険小説。
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